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2000年4月9日

 NIFTY-Serveのシェアテキストフォーラムがこの4月いっぱいで閉鎖されるらしい。94年の春から始まったこのフォーラムは、僕が知った最初の本格的な電子テキストプロジェクトだったが、その頃はまだインターネットが一般の人間から遠い存在だった時代で、入門書で読んだ[グーテンベルク・プロジェクト]への憧れを投影させて、しばらくの間、その電子会議室をROM(読むだけで発言しないこと・人を意味するパソコン通信の通言)していた覚えがある。それから6年、時代は移って、僕らは[青空文庫]をはじめとする日本版グーテンベルク・プロジェクトがウェブに競い立ち、望めば自らも電子テキストの供給者になることのできる時代にいるわけだが、その一方でひっそりと舞台を退く試みもあるわけだ。もちろんシェアテキストフォーラムの閉鎖にはパソコン通信の退潮という要因も大きく関係していると思うが、それだけではなく、僕はこのフォーラムの試みは先鋭過ぎたのではないかと思う。先走り過ぎていたと言い換えてもいいかもしれない。
 シェアテキストというのは、ソフトのシェアウェアと同様に、ネットで入手して対価を払うテキストという意味だが、スタート当初から金銭を視野に入れていたことがこのプロジェクトの、グーテンベルク系プロジェクトとの大きな違いだった。フォーラムを開設した古瀬幸広さんは、パソコン関係の著書もある人だが、出版社の事情により絶版になった自分の著書を、より自由に流通させる手段として、シェアテキストを発想したと、どこかに書いていた。絶版本や読者が限られているため出版に至らない著述も、電子テキストなら容易に流通でき、ニフティのシェアウェア送金代行システムを利用することで、対価の回収も可能になる。きわめて合理的な発想だが、今から考えると、電子テキスト勃興期の運動として見た場合、大衆性を欠いていたというか、最初からあまりに狭いところをねらい過ぎていたという感が強い。限られた数の、しかし真に求める読者と、出版の機会に恵まれない著者を、電子テキストと電子決済で結ぶ。確かに、電子ネットが可能にした、ひとつの理想のシステムに違いない。だから、フォーラムがスタートしてしばらくは、電子テキスト流通のシステムやテキストのフォーマットをめぐって議論がにぎわった。しかし、肝心のテキストが集まらなかった。そのことは、現時点でのシェアテキストフォーラムのデータライブラリをのぞいてみてもわかるだろう。その辺の事情を古瀬さんは[デジタルネットワークと新しい出版流通システム]という文章の中で、「著作権者と交渉する時点で、いわば社会の壁にぶつかる恰好となった」と書いているが、書き手側にまだ電子化を受け入れる素地がなかったし、出版社の反発も強かった。と同時に、読者の面でも、「初版が1000部にも満たないような専門書を、紙とネットワークで同時配布するようなネットワーク」(同文章)を、限られたパソコン通信の会員だけを対象に運営しようという構想にも無理があった。そして根本的には、シェアテキストという発想上、あくまで著作権の生きた本を対象としなければならなかった点が、活動の可能性を狭めた。もしあの時点で、有料テキストにこだわらず、日本版グーテンベルク・プロジェクトの先鞭をつけていたら、その後の展開はかなり違ったものになっていたのではないか。結局、シェアテキストフォーラムは、一部の注目は集めても、一般の(現在[青空文庫]が得ているような)湧きあがるような支持を得ることはできなかった。
 とはいえ、シェアテキストという考え方は、たぶん現在の電子テキストの運動が、やがてめざすべきひとつの目標ではないかと思う。[青空文庫]をはじめとするプロジェクトは、書き手の現存しない、対価を払う必要のないテキストを対象としているが、ネットが“今現在”の書き手の舞台となり、紙媒体と並んでその創造を受け止め、励ます場となるためには(従って、ネットが新しい文化創造の土壌となるためには)、何らかのシェアテキストのシステムが欠かせないだろう。しかし、インターネット上に電子テキストの蓄積が急速に進んでいる現在でも、有料テキストの流通については、まだ試みの段階を抜け出ていないのが実情だ。おそらく、この先、電子テキストが多くのパソコンで日常的に活用され、それを読む環境が(欠字を心配する必要のない文字コード、モニター上での美しいフォント表示、テキストに豊かな付加価値を与える専用の読書ソフトなどの面で)現在より格段に整備されてはじめて、シェアテキストの流通は本格的に始まるのではないだろうか(あるいはそこまで至らず、従来通り読書は紙媒体が担い、ネットはあくまで古典の保管場所ということに落ち着く可能性も大きい)。それを6年前にいきなり実現しようとしたシェアテキストフォーラムは、やはり時代の先に出過ぎていたのだと思う。
(なお、シェアテキストプロジェクト自体はウェブ上に場所を移して、[honyaプロジェクト]として継続されている)