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1999年12月7日

 [ほらがい]に「『超漢字』管見」という文章がアップされた。話題の多言語OS「超漢字」の使用レポートだが、かなり手厳しい評価になっていて驚いた。結論部分だけを引用させてもらうと、「すくない人員でここまで練りあげたPMCの開発陣にエールを送」るものの、「多言語機能に関しては期待しない方がよい」ばかりでなく、多漢字のシステムとしても課題は多く、「BTRONを至上のものと崇拝する人なら現状のままでも満足だろうが、漢字を使いたいだけのユーザーには勧めにくい」という。実は、使わなくなったFMVがあるので、「超漢字」を入れて、夢の多言語環境を遊んでみようかと考えていたのだが、やめた。もっとも単言語環境のなかをうろうろしているだけの人間には、多言語機能が「見せかけだけ」のものでも一向にかまわないのだが、12万字の漢字をコード内の文字として利用できるという看板の機能も、検索ツールの貧弱さでスポイルされてしまっていると聞いては、やはり手が出にくい。今後の改良を待つことにした。
 ところで、[ほらがい]に時々現れる文字コード関係の文章は、コンピュータで利用できる文字をめぐる動きが今どうなっているのか、複雑多端な文字コード問題を解きほぐして、僕らにその脈絡、進み行きを示してくれる貴重な羅針盤だが、この「管見」にも新しい言及があった。「ユニコード=ISO 10646ではデーヴァナーガリ文字のような結合音節文字の処理に限界があるので、ISO 2022にもどるか、第三の国際文字コードが作られるかのいずれかになる公算が高い」という一文だ。11月18日の項で紹介した「二千年紀の文字コード問題」という文章では、今後ユニコードを核として改良を進めていくという公的委員会の提言が肯定的に取り上げられていたのだが、加藤さんの見通しは別の所にあったようだ。それにしても「第三の国際文字コード」とは…。コンピュータ上の文字については、まだまだ尻の落ち着かない仮住まいの時代が続くということなのだろう。