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2005年3月23日

 ニフティのパソコン通信が来年の3月いっぱいで終わるらしい。フォーラムはこの3月で終了ということだから、実質的には今月いっぱいで幕引きと考えてもいいだろう。サービスが始まったのは1987年4月ということで、歴史は丸19年と意外に長い。最盛期は震災のあった1995年頃で、パソコン通信による安否情報の有効性が話題になったのを思い出す。インターネットが急速に普及したここ数年ははっきり言って死に体に近かった。といっても僕自身は今も「旧NIFTY-Serve会員」であるわけで、旗色悪しと見るとさっさと撤退してしまった他社に引き比べて、ニフティの粘り腰に評価を惜しむつもりはない。
 それどころか僕の今の“ライフスタイル”のかなりの部分は、NIFTY-Serveで得た情報や興味を淵源としていると言っても大げさではない。たとえば、白黒画面のMacintosh ClassicIIから始まった我がパソコンライフは、NIFTY-Serveのマック関連のフォーラムに導かれて、初心者に付き物のパニックや難破の危機を何とかすり抜けて今日まで来られたのだし、ライブラリに蓄積された多くのフリーウェア・シェアウェアを渉猟して、システムをカスタマイズする楽しみも覚えた。ハイパーカードのスタックを集めたり、見様見真似で自分なりのスタックを作ったりしたのもこの頃だ。その時知ったハイパーテキストの面白さは、数年後に普及し始めるHTMLへの入門をスムーズなものにしてくれた。そして、NIFTY-Serveの「山のフォーラム」を知って初めて、パソコンは大仰な言い方をすると「生き方のための情報機器」になった。
 「山のフォーラム」では、山に入れ揚げた会員たちが登山談義・道具談義・自然談義に情熱を傾けていて、その熱はたちまち僕にも伝染した。四十の手習いで始めた登山は2年目にはテントを担いで日本アルプスをめざすまでにエスカレートしたが、その間のほとんど唯一の指南役は「山のフォーラム」だった。特に、地域ごとに次々にアップされていく山行報告は中年登山初心者のバイブルだったし、今もそれに近い存在だ。我がハードディスクに保存されている山行報告のログは、92年から現在まで、関西のものだけでもおよそ16メガバイトある。すべてテキストファイルだから、その量は膨大だ。今でも新しい山に出かける前には、インターネットとともに、このログの検索が欠かせない。
 一方で「山のフォーラム」は、キーボードでコミュニケートすることの難しさも教えてくれた。全会員が一元的なIDで管理され、書き込みの削除や会員資格の剥奪の権限をもった管理者が設定されていたNIFTY-Serveのフォーラムは、今の「2ちゃんねる」などとは比べものにならないくらいフォーマルでジェントルな世界だったが、一旦横紙破りが出来すると感情的な書き込みが続出し、收拾不可能になることもあった。肉声による会話とは違い客観性のフィルターがかかりやすいように思える電子文によるコミュニケーションが、実は抑制を失いやすい不安定な表現の手段なのだった。また、オリジナルな山行ができるまではとROMに徹している間に、我がスターだった関西のアクティブなメンバーたちには派閥抗争的な傾向が顕著になった。彼らの多くが、閉じられた会議室であるパティオでの分派活動へ、さらにインターネット上の登山グループへと散って行った。不特定多数に開かれたコミュニケーションから、気心の知れた仲間内の閉ざされたコミュニケーションへ、一見退行的とも思えるこの移り行きに、落胆を感じたROM会員も多かったはずだ。
 もちろん「山のフォーラム」は純粋にディベートやコミュニケーションを行う場ではなく、あくまで各人・各グループの山行を実りあるものにするための情報交換の場だったから、そこでのコミュニケーションに小さな波やうねりがあったとしても、影響は確実に広がっていった。僕のようにこのフォーラムに出入りすることで山の楽しみを新たに覚えた人も多かったに違いないし、山域を広げ、難度を高めていった人も多かった。最盛期の「山のフォーラム」は、これまで一部の登山雑誌が投稿欄などでわずかに担っていた、全国的な交流と情報交換のセンターとしての役割をみごとに果たしていた。またパソコン通信全体を見ても、現在のインターネット掲示板にほとんど常態となった破綻だらけの、あるいは破綻を敢えて作り出して楽しむというような捩じくれたコミュニケーションに比べると、一時期のNIFTY-ServeやPC-VAN、ASAHI-NET、日経MIXには、開かれ方と管理のされ方が絶妙に均衡した、質の高いコミュニケーションが確かに成立していたと思う。そういう意味でもNIFTY-Serveの各会議室の膨大なログは貴重な記録であり、将来のネットコミュニケーション史の重要な資料であるに違いない。ニフティにはログの保存と公開(入り組んだ著作権がネックになっているようだが)をぜひお願いしたいものだ。