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2001年1月20日

尾崎喜八文学館]というサイトを発見(再発見?)した。堀隆雄さんによる、詩人の幅広い資料を集積したページで、その徹底した傾倒ぶりは、膨大な関連蔵書の一覧を見るとよくわかる。(私事になるが、昭和23年刊の『高原暦日』は、中学時分、夢中になってその著作を読んだ在野の考古学者、藤森栄一がやっていたあしかび書房という小出版社の数少ない出版物の一つで、機会があればぜひ入手してみたい一冊)なかでも嬉しいのが、大部分の詩をテキスト化した[読書室]。著作権が生きている詩人の詩を、これほど網羅的に公開している例は他にないのではないか。まだ入力・校正が完了していないためか、入力ミスがまま見られるのは残念だが、現行の出版物では、アンソロジーなどで断片的にしか読むことのできない尾崎喜八の詩業の、その全貌に触れることのできる価値ある書庫だ。
 それにしてもこの詩人の詩の、なんと素直に心に届くことだろう。「いったい何のために詩を書いてるのか?」と問いたくなるような多くの現代詩に比べて、その言葉の姿、働きはとても自然だ。詩は述懐であり、述志であって、折々の体験や感動を素材に、言葉を慈しみつつ紡ぎ出すもの。そんな尾崎の詩作のあり方が、ますます好ましく感じられた。