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              冬の庭、
うごかない黒々とした杉や檜のうえに
黒い空がある。おびただしい
星はひとつずつ燃えながら凍りついているけれど、わたしのまわりは
すべてが死んでしまっているようだ。
すこし靴をうごかすと、枯れた草がポキポキと折れて
深い沈黙の骨にひびく。

           けさ、この庭に、
あたたかい陽が、一秒を永遠のときに
縮めながら、そそいでいた。
霜で固められた土の表面は、処女の
汗よりもきよらかに濡れていた。そして
そのとき、わたしは見た、
いっぴきのカマキリが
地に倒れた枯れ草のあいだから、ゆっくりと
這いだして、石のうえに休んでいるのを、藁のこげくさい七月に
ちいさな虫たちを苦しめた前脚を、冬のひかりのなかに
錆びついた剃刀の刃のように持てあましているのを。その翅は
落葉の音をたてて剥がれそうにみえた。

                  黒い空に
燃えている星は、どのベッドからも
窓からも近いところにある。
しかし、この庭に
立っているわたしからは最も遠い。
わたしは慄えながら靴をうごかし、ころがっている空壜に
すべり、また星を見つめる。
杉や檜のうえに、わたしの心の
ラジウムが、すこしずつ死と沈黙の
つめたさを運んでゆく。そこに
限りない日没と朝の
墓がある。わたしの靴の
しずかに止まるところがある。塵の
車輪にひかれてゆく無数のカマキリの
死骸がある。あの黒い空に
ためいきと、喜びのちいさな叫び声の
林がひろがっている。
いつでも、どこでもひとりでいる
わたしは、だれにも見えない。凍りながら燃えている
星からも見えない。ただ
わたしは慄えながら、待っている、
沈黙に聴きいり、黒い空を見つめている、
冬の庭で。