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湖畔吟

              私が幸福なときにも、お前たちは
              私を死に追い込もうとする。
                ピエル・ドウ・セナンクール
僕は、目をとぢて、そつと
のがれてきた。
指先までまつ青に染みとほる
このみづうみの畔に。

湖畔の風物は
峻しい結晶體だ。
つめたい石質のなかに湧立つ
若やぎ。

かげる山山の
雪まだら。
照る山山の
薔薇の酒。

あわたゞしい時に追はれることなく
くゆるがごとく
日はうつらうた。
/ひかり/の影のやうにたゆたうて。
  
山鳩の啼くから松林の
雪の徑を僕はふみにきたのだ。
日も夜も戰爭にいれあげて
心荒んだ人人から離れて。

目盲ひゆく孤獨にも似て
日に日に氷張りつめる湖邊に
僕は佇みにきた。
夢で辿りついたやうに。

反心勃々たる僕の魂を
人目を怖れる僕の詩を
清淨な死、永遠の手許近く
くる春まで、氷に埋めるため。

僕はのがれてきた。
あの精神の貧困から
また、無法な
かり出しから。

批判を忘れた
ひよわな友と別れ、
ながい年月を起伏した
なつかしい部屋をすて。

なにもかも骨灰となるだらう。
人間を忘れた人間の愚さから。
僕の苦惱の呻きもそこからくる。
光は遠退く。あたりのむなしい騷亂。

たかい梢からふり落す雪烟り。
枯れた荻花のざわめき。
厚氷のしたで
死んだ水の吹く洞簫。

それから、綺羅星どもの賑やかな
夜。
鏤められた空の
非情のはなやぎ。