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鈴鹿・オゾ谷2001.4.8

 今もところどころ、石垣や崩れかけた坑道が残っていても、そして、今もときどき、綺麗な皿や大徳利のかけらが(津田屋はどこの村の酒屋だったやら)、記憶の断片のように落葉の下から転がり出たりしても、この苔むした谷間に、大酒飲みの坑夫たちがいて、日夜鉱脈を追って岩盤と闘い、炎に焼かれながら鉱石を溶かしていたとは、とても想像することができない。