木津川の渡船場 Mar.1997.
霜天 一輪月
江口 幾宿檣
千里 舟中の客
各々 まさに故郷を夢見るなるべし
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『浪華十二勝』の掉尾を飾るのは、静かな望郷の詩です。木津川は安治川とともに当時、諸国の廻船が発着するビッグターミナルになっていました。『摂津名所図会』にも「千石二千石の大船水上に町に路を作りたるごとく、ほばしらは北斗を指さし上下は欄紋(まきろくろ)をもつて自在し、鷁首(へさき)には船の名・家々の紋付けてその国々をしらせ、風威の順不順・潮時の満干を考へて出帆あり着船あり…」と両川口の賑わいが描かれています。出帆の朝を待って、帆柱を並べて宿る客船。霜空に満月が皓々と輝き、船には旅客たちが、これから帰るのか、さらに旅するのか、遠い故郷の夢を見ながら眠っています。
全国的な流通のセンターとして繁栄していた大坂。そこでは、近代の資本主義文明に通じる現実的な経済活動が日夜繰り広げられていましたが、同時にこれら12の詩が教えてくれるように、詩情豊かな情景も多く見ることができました。都市生活でさえ、自然と遠く隔たらず、機械の保護を受けることがほとんどなかった時代。日常の安楽さはもちろん現代に比べるべくもなく、人は暑く、寒く、遠く、重く、暗く、時には危険でさえあるさまざまな自然現象と折り合い、あらゆる“不便”を甘受しながら生きていました。しかし、絶妙に自然とのバランスを取り、その心地よさを十二分に取り入れることに巧みだった当時の暮らしには、今よりもはるかに豊かな季節の楽しみと美的な感覚の洗練があり、それらを年中行事や数多くの遊びに反映させながら、魅力的な都市の風土が形成されていたのです。
『浪華十二勝』の12の詩が私たちに与えてくれるもの、それはかつての“良き大坂”へのノスタルジーだけでなく、我々がこれから取り戻すべき人間的な都市のイメージなのではないでしょうか。
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