[水墨清趣図]
絹本・着色

 鐵齋最晩年の水墨画。
 鐵齋の水墨山水には、彩色画とは違う特徴がある。厚ぼったい筆遣いと言えばいいだろうか。濃淡の墨を筆にたっぷり含ませて、ぼってり描かれたものが多いように感じる。そこには、彩色画に見られるあのシャープな筆触がめだたず、一見模糊とした印象が漂う。まさに水と墨の世界だ。どうも鐵齋は、墨と筆の使い方において、水墨画はかくあるべしという枠を自らに課して、その枠内での試行錯誤を楽しんでいたようにも思える。そう推測したくなるような絵が、特に80歳代後半に多く描かれている。しかし、鐵齋はこの分野でも、最終的な完成と呼びたくなるような絵を最晩年に生み出したようだ。88歳の「雲山化城図」、89歳の「対山医俗図」、そしてこの「水墨清趣図」がそれだ。
 この絵でも墨はたっぷりと置かれ、峰々は模糊とした表情だ。しかし、そこに細く堅い線が加わって絵は引き締まる。線は峰の角張った輪郭を描いて、内側にたっぷり置かれた墨に明確な形を与える。また、墨の濃淡のにじみのなかに細かいアクセントを刻んで、その混沌を御する。そして麓には、橋と亭と人物が無造作に、しかしかなりリアルに描かれる。特に、蓑笠を着て杖を曳き門をくぐろうとしている人と、亭に腰掛けてこれもよく見ると杖を携えている人と、二人の幽客の後ろ向きの姿が目をとらえる。亭の客が眺めている一筋に流れ落ちる滝と、門をくぐって蓑笠の人が進み入ろうとしている山閣へ続く道と、絵を見る人はこの二人の姿に導かれて山の奥へ、鐵齋が作り出したほとんど抽象的な、しかし目の楽しみを湛えた墨と水の世界へと入っていく。
 2002年春、鉄斎美術館「墨による表現」展で。