[蓬丘仙境図]
紙本・着色

 下の心遊図と同じく鉄斎美術館の名品展で見た。心遊図にくらべてタッチはリアルで、よく書き込まれている。岩や楼閣だけでなく、岩からビンビン突き出た梅(よく見るとかすかに白い花が踊っている)や枝振りの立派な松、その下には鹿までいて、有り難い道具立てが勢ぞろいだ。打ち寄せる波もしっかり描き込まれている。これほど賑やかな画面でありながら、騒がしくならず全体に整ったリズムが感じられることが、この絵の魅力だろう。この諧調の理由は、一見してわかるように岩の表現にありそうだ。いくつも節理を重ねたような岩の造形、その四角を基調にした輪郭のタッチが画面全体に散りばめられていて、絵に統一感とリズムを与えている。もちろん、この岩や山の描き方を統一することで諧調を整えるという手法は、鐵齋の独創ではない。明や清のさまざまな画風を学んだ30代・40代の習作(驚くべきことに鐵齋の90年の画業から見れば、50代ぐらいまでの作品は習作と呼ぶしかないものなのだ)には、同じように岩を四角く描き重ねたものが見られる。ただ、その頃の絵が今では古色を帯びて感じられるのに対して、この絵のモダンな奔放さはどうだろう。小林秀雄の言い方を借りれば、技法を学んで、それがいったん忘れられ、胸中に貯えられてしまったうえで、ここに新しく蘇った風なのだ。一作ごとに、和漢の技法を自在に使いこなし、その最後の継承者として新しい生命を与えながら、沸騰するような創造を行っていた大成期の鐵齋。その、まさに画聖と呼ぶべき奇跡のような存在だったことを、この絵はあらためて実感させる。