4月4日から6月18日まで開かれていた出光美術館(大阪)の鉄斎展から一点。この展覧会で2部に分けて展示された55点は、数点を除いて、大部分が画集に未出の作品だった。行ってみて、初めてそれに気づいて、好機逸すべからずと、一点一点目を凝らして眺めたが、今ではほとんどのイメージは霧散している。出光美術館には、ぜひ所蔵の鐵齋を一冊にまとめた図録を作っていただきたいものだ。そのなかで、この「漁弟漁兄図」は特別印象に残りやすい絵だった。というのも、これには兄弟作品といっていいような、よく似た絵があるからだ。それは「鉄斎美術館」にある「漁邨暮雨図」。2点は同じ年に、おそらく前後して描かれたもので、どちらも大胆な溌墨法を採用しているのが特色だ。構図的にもほとんど同じで、画面を上から下へ、硬い筆で散らされた溌墨が曲折しながら続いていて、それを岩磯に見立てたか、磯の松と見たか、その左側に海、右に漁村の風景が描かれている。下に酒戸があるのも同じ。一日の漁を終えて、三々五々酒を買いにやってくる漁夫たち。鐵齋がしばしば描いた、名利を離れた漁村・漁夫の穏やかな生活の喜びのテーマが、ここでは表現主義的な溌墨のタッチとの組み合わせで繰り返されている。2点が違うのは、「漁弟漁兄図」が淡彩なのに対し、「漁邨暮雨図」が墨画であること。後者が斜めに薄く墨を掃いて、風雨のなかの薄暮の漁村をやや厳しく表現しているのに対して、前者は墨色と溶け合う微妙な青の彩色で、穏やかに暮れなずむ風景を描いて美しい(ちなみに賛には「漁邨暮靄」とある。なぜこれがタイトルとならなかったのか不思議だ。あるいは考えるに「漁弟漁兄図」とは、この「漁邨暮雨図」「漁邨暮靄図」という、おそらく連作だったものの共通のタイトルであり、それが泣き別れになった時に、誤って後者に付せられたものなのではないだろうか)。鉄斎美術館のものには以前から引かれていただけに、今回、このユニークな作品に兄弟作があったことを知ったのは驚きだった。これほどの大画家にも関わらず、きわだった多作家だったせいもあり、鐵齋にはまだまだ隠れた逸品があるようだ。鐵齋の展観には(贋作との遭遇も含めて)発見の楽しみがある。 |