●江戸を代表する漢詩人、菅茶山の詩集「黄葉夕陽村舎詩」後編の第2巻を電子テキスト化しました。「黄葉夕陽村舎詩」は正編8巻(文化9年1812年出版)・後編8巻(文政6年1823年)・遺稿詩集7巻(天保3年1832年)などから成っていますが、この後編第2巻は詩型の短い五言七言の絶句を中心に収録していて、より取っつきやすいのではないかと考えて選択したものです。
●JIS X 0208漢字コードに含まれていない文字については、ユニコード文字か文字画像で表示しています。
●各詩には、版本にほどこされた返り点や送り仮名に従って読みくだし文を付しました。その際、旧字体は適宜新字体に改めています。





黄葉夕陽村舎詩後編 巻之二
            備後 菅晉帥禮卿

 畫山水
亂水懸牆立   乱水 牆立に懸かり
層雲擁削成   層雲 削成を擁する
數家栖半腹   数家 半腹に栖む
似是青柯坪   是れ青柯坪に似たり


 題畫 菱葉鯽魚
漣影隨風定   漣影 風に隨って定まり
秋湖清復清   秋湖 清くしてまた清し
忽看菱葉動   忽ち菱葉の動くを看る
下有鯽魚行   下に鯽魚の行く有り

 又
橋横樹影中   橋は横たわる 樹影の中
水複秋山内   水はめぐる 秋山の内
我欲宿前村   我は前村に宿せんとするも
恐無佳酒賣   恐らくは佳酒の売る無からん


 甲山路上
迎人石相揖   人を迎えて 石相揖し
驅馬雲將礙   馬を驅って 雲将にへだてんとす
樵者指前程   樵者 前程を指す
路横歸鳥背   路は横たわる 帰鳥の背

 又
雜樹夾溪昏   雑樹 渓を挟んで昏く
歸雲抱石屯   帰雲 石を抱いて屯す
鳥身看不見   鳥身 看るも見えず
聲大似人言   声は大いに人の言うに似たり


 十日菊
酩酊酬佳節   酩酊 佳節に酬い
醒來已曙光   醒め来たればすでに曙光
挿頭前日菊   頭に挿む 前日の菊
猶在枕邊香   なお枕辺に在って香し


 夢蝶圖
蝴蝶夢爲周   胡蝶 夢に周となる
寢語撼天地   寝語 天地を撼かす
夢覺不知周   夢覚めて周を知らず
栩栩弄輕翅   栩栩 輕翅を弄す


 題畫
酒渇貪看水   酒渇 看て水を貪り
攜行不覺遙   携行 遥かなるを覚えず
扁舟何處客   扁舟 何の所の客ぞ
快意帆涼飊    快意 涼風に帆す


 淺間岳圖 應村田春海索
信陽山作國   信陽 山を国となす
靈岳在何邊   霊岳 何れの辺にか在り
膝下千重翠   膝下 千重の緑
峯尖一道烟   峯尖 一すじの煙


 題畫
二客歸何處   二客 何れの所にか帰る
衣衫映樹行   衣衫 樹に映じて行く
崖頭相顧笑   崖頭 相顧みて笑う
知是好詩成   知る 是れ好詩成るを


 即事
出戸看新霽   戸を出て新晴を看る
餘飛尚在庭   余飛 なお庭に在り
櫩 端老松蓋   檐端 老松蓋
中洩兩三星   中に洩らす両三星


 小景
溪光上葛衫   渓光 葛衫に上る
樹影籠茅舎   樹影 茅舎を籠める
長日苦難消   長日 消し難きを苦しみ
初知是炎夏   初めて知る 是れ炎夏なるを


 石
已成吾貌醜   すでに吾が顔の醜を成し
又作此心頑   また此の心の頑をなす
時被吏人問   時に吏人に問わる
何由栖碧山   何によって碧山に栖むと


 畫紅梅帯雪圖
梅林終日雪   梅林 終日の雪
失却萬仙姿   失却す 万仙の姿
中有紅糚者   中に紅粧の者有り
風吹出數枝   風吹いて数枝を出す


 題畫
獲魚籃已滿   魚を獲て籠すでに満つ
風逆不能還   風に逆うて帰ることあたわず
咫尺吾廬在   咫尺 吾が廬在り
炊烟横樹間   炊煙は樹間に横たわる


 畫牽牛花
夜製青毛筆   夜は製す 青毛の筆
晨開碧玉巵   晨は開く 碧玉のさかずき
西窻未知暑   西窓 未だ暑を知らず
卯飲好題詩   卯飲好し 詩を題するに


 畫鷹 某執法索
星眸光爛爛   星眸 光爛々
霜翮氣森森   霜翮 気森々
不必須敺撃   必ずしも駆撃をまって
始能威衆禽   はじめて能く衆禽を威さず


 社日示國器
佗郷逢社日   佗郷 社日に逢う
濁酒坐春宵   濁酒 春宵に坐す
遊思南溟濶   遊思 南溟濶く
音書北雁遙   音書 北雁遥かなり


 日間即事
午路尋凉處   午路 凉を尋ねる所
松根暫箕踞   松根 暫く箕踞す
題詩展小箋   詩を題して小箋を展れば
忽被風吹去   忽ち風に吹き去らる


 題畫
郊外韶華遍   郊外 韶華遍し
城居未覺新   城居 未だ新たなるを覚えず
多情采樵女   多情 采樵の女
叫賣一枝春   叫び売る一枝の春


 小景
一夜北風狂   一夜 北風狂し
桅竿數欲折   桅竿 しばしば折れんとす
旭捲短篷看   旭に短篷を巻いて看れば
陸離遙嶺雪   陸離たり 遥嶺の雪


 小景
彩翠含幽石   彩翠 幽石を含む
斜陽在老松   斜陽 老松に在り
暮山人去盡   暮山 人去り尽くし
巒巘爲誰容   巒巘 誰が為にかたちづくる


 題雜畫
晩虹收片雨   晩虹 片雨収まり
霽色迥林端   晴色 林端迥たり
斷續雲邉雁   断続す 雲辺の雁
相呼聲未乾   相呼びて声未だ乾かず


 冬初雜詠
荷簣收林實   簣を荷なうて林実を収む
索綯補竹籬   綯をなうて竹籬を補う
病來減書課   病来 書課を減じ
時作賤塲師   時に賤場師となる


 都羅
松樹生崖腹   松樹 崖腹に生い
長根走石間   長根 石間を走る
同人行且語   同人 行く行くかつ語る
昨夜夢黄山   昨夜黄山を夢むと


 畫烏
暮宿松雲外   暮には宿す 松雲の外
朝飛竹日西   朝には飛ぶ 竹日の西
人間多勝地   人間 勝地多く
不必上林栖   必ずしも上林に栖まず


 題畫 以下七絶
怪石狂峯路不分   怪石狂峯 路を分かたず
一村村踏樹梢雲   一村 村は踏む樹梢の雲
連山缺處君家在   連山欠ける所君が家在り
稍近吟聲出竹聞   やや近づけば吟声竹を出でて聞こゆ


 獨松嶺
長坡登盡路縈迂   長坡 登り尽くせば路 縈迂
下看江山一幅圖   下に看る 江山一幅の図
憶得北遊尋勝日   憶い得たり 北遊 勝を尋ぬる日
磨鍼嶺上眺琶湖   磨鍼嶺上 琵湖を眺しを


 白石磯
山如虎踞枕魚磯   山は虎踞の如く魚磯に枕し
路似蛇行繞石碕   路は蛇行に似て石碕を繞る
忽爾長風吹浪立   忽ち長風浪を吹いて立ち
碎成雨點濺人衣   砕けて雨点となって人衣にそそぐ


 雲卿畫山水
遙尋畫本繞山行   遥かに画本を尋ねて山を繞り行く
石色松容模未成   石色松容 模するも未だ成らず
別有雲卿圖一幅   別に雲卿が図一幅有り
併余收得入經營   余を併せて収得を経営に入る


 翠堂壽筵余事牽不得會賦謝
群仙開宴在蓬山   群仙宴を開いて蓬山に在り
青鳥招余侍末斑   青鳥 余を招きて末斑に侍せしむ
欲乞逡遁一杯酒   逡遁 一杯の酒を乞わんとすれど
紅雲闌路迥難攀   紅雲路をさえぎってはるかに攀じり難し


 春曉
書幌香消寶鴨烟   書幌 香は消す宝鴨の煙
思深春夜亦如年   思いは深くして春夜もまた年の如し
早鶯鳴破江樓雨   早鶯 鳴き破る江楼の雨
林影花光曉杳然   林影花光 暁杳然


 閑行次韻宰相
幽花夾岸水波清   幽花 岸を挟んで水波清く
戯蝶鳴禽弄晩晴   戯蝶鳴禽 晩晴を弄す
屈指徂春餘幾日   指を屈すればゆく春幾日を余す
不妨時廢讀書行   妨げず 時に読書を廃して行くを


 即事
雨斷梅天鬱未晴   雨断の梅天 鬱未だ晴れず
滿溝新漲夜庭明   満溝の新漲 夜庭明るし
隣機無響人初定   隣機 響き無く人初めて定まる
門柳陰中姑惡鳴   門柳陰中 姑悪の鳴く


 甲山路上
枯藜搘上白雲邊   枯藜 支え上る白雲の辺
驚見松梢出土田   驚き見る 松梢土田を出すを
清世山中人漸密   清世 山中人漸く密にして
新畬 亦欲及青天   新畬 また青天に及ばんとす
     仙堂


 内藤大夫枉顧分得韻江
芋栗園荒寂竹窻   芋栗 園荒れて竹窓寂たり
愧無佳設勸吟缸   愧づらくは佳設の吟缸を勧むる無きを
大夫閑豫娯林野   大夫閑予 林野を娯しみ
孑孑干旄到釣矼   孑孑たる干旄 釣矼に到る


 偶成
鸛鳴林杪野陰垂   鸛 林杪に鳴いて野陰垂る
輕煖輕寒近午時   軽暖軽寒 近午の時
欲試山行還怯雨   山行を試みんと欲してまた雨をおそる
連翹花底坐敲詩   連翹の花底 坐して詩を敲す


 送翼叔游伊勢
人生難得暫時間   人生暫時の間を得難く
勝踐難須刻日還   勝践 何ぞ用いん 日を刻して還るを
鈴鹿驛程佳處少   鈴鹿駅程 佳所少なし
勸君遶路看蘓山   君に勧む 路をまげて蘇山を看よ


 題畫
横篙自信舟流去   篙を横たえて自ずから舟の流れ去るにまかす
睡起不知何處所   睡起 知らず何の所ぞ
清波浩蕩四無聲   清波浩蕩 四方に声無く
風露滿天天欲曙   風露満天 天曙ならんとす


 十六夜新晴如畫且望在是日賦此志喜
滿空清影宿陰收   満空清影 宿陰収まる
滌盡天慳昨夜愁   滌い尽くす 天慳昨夜の愁い
仰看氷輪輪未缺   仰ぎ見れば氷輪輪未だ欠けず
今年幸有兩中秋   今年幸いに両中秋有り


 次韻小河貞藏中條途中作
雨鳴簔袂急陰風   雨 蓑袂に鳴いて 陰風急に
拂面烟霏洗酒紅   面を拂う煙霏 酒紅を洗う
欲向前村暫相避   前村に向かい暫く相避けんとすれば
人家已在夕陽中   人家は已に夕陽の中に在り


 次韻宮原莊叔
雨兆過喧野靄黄   雨兆過喧 野靄は黄に
山雲一抹没斜陽   山雲一抹 斜陽を没す
村家爭出收橦稻   村家争出でて橦稲を収む
喚取歸樵且救忙   帰樵を喚取してしばらく忙を救わしむ


 蟹阪
陰雨連朝澗谷間   陰雨連朝 澗谷の間
厭佗林霧嶺雲頑   厭う 佗の林霧 嶺雲の頑なるを
新晴赤石城西路   新晴 赤石城西の路
掲起輿窻看海山   輿窓を掲起して海山を看る


 湖東三首
行程差北雪猶殘   行程やや北すれば雪なお残る
預恐江濃特地寒   あらかじめ恐る 江濃特に地寒からんを
却喜此間春尚淺   却って喜ぶ 此の間春なお浅く
梅花到處未闌珊   梅花到る所 未だ闌珊たらざるを

江州隨在好風光   江州 好風光のままに在り
漫道斯郷獨陋郷   みだりに言う この郷独陋の郷と
此日重來値春首   此の日重来 春首にあたる
觀音寺畔萬梅香   観音寺畔 万梅香ばし

湖東到處未殘梅   湖東到る所未だ残梅ならず
野鳥聲聲喚暖囘   野鳥声声 暖を喚びめぐる
默計行程已將半   行程を黙計すれば已に半ばせんとす
江都應及小櫻開   江都は小桜の開くに及ぶべし


 富士
詩句無人能寫眞   詩句 人の能く真を写す無く
畫縑誰筆解傳神   画縑 誰が筆かよく神を伝えん
漫將高峻勞評品   みだりに高峻をもって評品を労す
不説仙姿絶比倫   説かず 仙姿の比倫を絶するを

晴雪玲瓏白玉顔   晴雪玲瓏 白玉の顔
暮嵐縹渺緑螺鬟   暮嵐縹渺 緑螺の鬟
何來端正含温潤   何来の端正 温潤を含む
竟是東洋第一山   竟に是れ 東洋第一の山


 箱根山中次備前宮城大夫送別韻
陰崖古木冷岐旁   陰崖古木 岐旁冷たし
獨有鶯聲管艶陽   独り鶯声の艶陽に管する有り
二月東薇好風日   二月東薇 好風日
誰知踏雪下羊膓   誰か知る 雪を踏んで羊腸を下ると


 常游雜詩
輕刀徐入島間過   軽刀 徐に島間に入りて過ぐ
輾破中流帖水荷   輾破す 中流水に帖する蓮
兩岸蒼茫人不見   両岸蒼茫 人見えず
柳陰風遞挿田謌   柳陰 風はおくる挿田の歌
     箕幡江

蘋末搖搖映夕暉   蘋末搖搖 夕暉に映じ
舟人偏恨暑風微   舟人 偏に恨む暑風の微かなるを
黄梅五月香澄路   黄梅五月 香澄の路
菰葉菱花没釣磯   菰葉菱花 釣磯を没す
      


 綾瀬舟遊即事
水樹蒼茫不見人   水樹蒼茫 人を見ず
誰知烟外是紅塵   誰か知らん 煙外是れ紅塵なるを
舟遊請客無佳設   舟遊 客を請うて佳設無く
漫覓詩資到遠津   みだりに詩資をもとめて遠津に到る

一葉隨波不用   一葉 波にしたがって戙 を用いず
無端流入管弦叢   端なくも流れ入る管弦の叢
舟師亦解幽人意   舟師また幽人の意を解して
棹向垂楊小港中   棹は向かう垂楊小港の中

夾江亭榭萬燈光   江を挟んで亭榭万燈光る
閃映漣漪夜轉凉   漣漪に閃映して夜うたた涼し
烟花時衝星漢影   煙火 時に衝く星漢の影
笑鹽閙過綺羅香   笑塩 みだれ過ぐ綺羅の香


 箱根即事
雲開馬首出平湖   雲開けて 馬首平湖を出す
四匝峯巒盡畫圖   四匝の峯巒 ことごとく画図
擬製新詩寫眞景   新詩を製して真景を写さんとするも
水烟俄作白糢糊   水煙俄に白模糊をなす


 駿府曉發記所見
轎中殘夢海城鐘   轎中の残夢 海城の鐘
曙色朧朧野靄重   曙色朧朧 野靄重なる
波底紅霞錦千里   波底の紅霞 錦千里
天邊白雪玉三峯   天辺の白雪 玉三峯


 牧方道中
樹杪風帆帆外樓   樹杪の風帆 帆外の楼
中分沃野一川流   沃野を中分す一川の流れ
微醺好向晴隄歩   微醺好し 晴堤に向かいて歩するに
愛看清波緑鴨頭   愛し看る 清波緑鴨の頭


 題美人抱箏圖
斜抱銀箏出繍帷   斜めに銀箏を抱いて繍帷を出で
笑容一掬靄春曦   笑容一掬 春曦靄たり
苧蘿小日無人妒   苧蘿小日 人の妬むなく
不信宮中有苦思   信ぜず 宮中苦思有るを


 米澤大貫退藏來訪
萍迹經年遍海涯   萍跡 年を経て海涯に遍く
幾人同調問朱   幾人か同調 朱絲を問う
竹隄荷沼連朝雨   竹堤荷沼 連朝の雨
喜子歸鑣暫緩期   喜ぶ 子が帰鑣 暫く期を緩うするを


 九宜亭同以宜字爲韻
更字新亭曰九宜   新亭を更字して九宜という
空濛先見雨中宜   空濛 先ず見る雨中の宜しきを
眼前島嶼皆僊境   眼前島嶼 皆僊境
恨不攜歸作土宜   恨むらくは携え帰りて土宜となさざるを


 桃島舟中記事
誰鑿山間一派斜   誰かうがつ 山間一派の斜めなるを
歸程取捷入輕艖   帰程 捷を取りて軽艖を入る
橋低潮滿行難得   橋低く潮満ちて行き得難し
遽倒桅竿轉柁牙   にわかに桅竿を倒し柁牙を転ず
     滿越


 災後頼千祺過訪
吾文不救畢方災   吾が文救わず 畢方の災
酒甕書車盡作灰   酒甕書車 ことごとく灰となる
門外幸餘楊柳在   門外幸いに楊柳を余して在り
長條暫繋白駒囘   長條 暫く繋ぐ白駒のかえるを


 雨中看蓮
蓮沼微風雨灑初   蓮沼微風 雨の灌ぐ初め
花撩葉亂錦紛如   花みだれ葉乱れ 錦紛如
釣童未省跳珠閙   釣童未だしらず 跳珠のさわがしきを
漫道東西有戯魚   みだりにいう 東西戯魚有りと


 畫蟾蜍
不聞伴蟈噪溪田   聞かず 蟈に伴いて渓田にさわぐを
豈有從蛙上樹巓   あに蛙に従って樹巓に上る有らんや
浴後追凉苔徑夕   浴後涼を追う 苔径の夕
忽然來坐露牀前   忽然として来たり坐す 露牀の前
  蟈即蝦蟆字書本草等無有明辨按周禮有辟蟈氏蓋田中喧噪者與蛙不同


 龍泉寺花下作
花木林中愛日長   花木林中 日の長きを愛す
禪房三月好風光   禅房三月 好風光
百年人世如泡影   百年人世 泡影の如く
會友看春能幾塲   友と会し春を看る 能く幾場ぞ


 題畫
何心輕拗一枝來   何の心ぞ 軽く一枝を折り来る
枝上寒英未拆開   枝上寒英 未だ拆開せず
十月茅堂已瑾戸   十月茅堂 已に戸をぬる
膽缻欲挽九春囘   胆缶 九春を挽きてめぐらさんと欲す


 能因禪師曝首圖
誰言一黠得痴名   誰か言う 一黠痴名を得ると
情自痴生痴自情   情痴より生じ 痴情よりす
今古無情人滿目   今古無情の人満目
枉將黠計日營營   まげて黠計をもって日々に営々たり


 中山君八十壽言
老壽人間難古稀   老寿 人間古稀を難しとす
況加十歳未知衰   いわんや十歳を加えて未だ衰を知らざるをや
藩朝隊長稱雄職   藩朝の隊長 雄職と称す
時見英姿策馬來   時に見る 英姿馬にむちうちて来るを


 古賀溥卿見枉
葦北薇西千里程   葦北薇西 千里の程
青燈濁酒一宵情   青燈濁酒 一宵の情
言談多緒將何先   言談 緒多く何を先にせんとす
門有輿丁候曉更   門に輿丁の暁更を候う有り


 題換鵞圖 應姫井學士求
時賢無復舞雞鳴   時賢 鶏鳴に舞うまた無く
志在神州誰共成   志は神州に在るも誰と共に成さん
休道鵞群煩妙墨   言うなかれ 鵞群妙墨を煩わするは
不如鶴唳却強兵   鶴唳 強兵をしりぞくるに如かずと


 赴鴨方途中口占
田橦圃正西成   田橦圃 正に西成
社雨初收澹午晴   社雨初めて収まって午晴澹たり
且喜今年秋熟遍   且つ喜ぶ 今年秋熟遍きを
山村時過賣魚聲   山村 時に過ぐ魚を売る声

 又
四隣笑語認年豐   四隣笑語 年豊を認む
新釀香飄午巷風   新醸 香はひるがえる午巷の風
明日林神當作會   明日林神 会をなすべし
祠前樹幟閃晴空   祠前 幟をたてて晴空に閃く


 嵜 士雅道光在船 余某某自陸
江上春遊興共乘   江上春遊 興共に乗り
三餘酒伴一詩僧   三餘の酒伴 一詩の僧
客由挽路主人舫   客挽路に由りて 主人は舫
波際松陰呼互譍   波際松陰 呼びて互いにこたう


 次韻大空上人感事作
人間毀譽鎭啾啾   人間毀誉 鎮啾啾
偶入閑聽亦作憂   たまたま閑聴に入ってまた憂いをなす
轉羨山中無暦日   うたた羨む 山中暦日無きを
何曽皮裡有陽秋   何ぞ曾て皮裡に陽秋有らん


 次子璐月夜泛琵琶湖韻
天女祠前湖月清   天女祠前 湖月清し
湖心乘月棹空明   湖心 月に乗じて空明に棹さす
風來波浪生哀響   風来たって波浪哀響を生じ
舟在琵琶絃上行   舟は琵琶絃上に在りて行く


 次韻豊次郎
鹺戸烟横島樹   鹺戸 煙横たわって島樹微かに
群童把釣坐苔磯   群童 釣を把って苔磯に坐す
江雲聚散未成雨   江雲聚散 未だ雨を成さず
一半遙連帆影飛   一半 遥かに帆影に連なって飛ぶ


 十七夜雨還自中條
雨跳簔袂氣陰森   雨 蓑袂におどって 気 陰森
四野空濛夜已深   四野空濛 夜已に深し
仰看片雲頭上白   仰ぎ看れば片雲頭上に白し
知佗明月到天心   知る 明月天心に到るを


 海道士見訪
小園何處覓些凉   小園 何れの所か些涼をもとめん
頼有梧陰托竹牀   さいわいに梧陰の竹床を托する有り
午倦生眠斂棋子   午倦 眠を生じて棋子をおさむ
一盆韭碧波香   一盆の韭 碧波香ばし


 高屋途中
山雲半駁漏斜陽   山雲 半ばみだれて斜陽を漏らす
堠樹蕭條十月霜   堠樹 蕭條たり十月の霜
野店人勸蕎麺   野店 人を留めて蕎麺を勧む
○籃銀縷出甑香   ○籃の銀鏤 こしきを出て香ばし


 上巳同諸兄友遊松陰磯途中口占
浴沂遺想幾賢豪   浴沂の遺想 幾賢豪ぞ
春服相攜載濁醪   春服 相携えて濁醪を載す
何必流觴修故事   何ぞ必ずしも流觴故事を修せん
將持大白看驚濤   まさに大白を持ちて驚濤を看んとす


 竹田路上
岡巒斷續幾村墟   岡巒断続 幾村墟
澗草林花畫不如   澗草林花 画も如かず
一路斜遵山脚轉   一路斜めに山脚にしたがって転ず
緑陰相送小籃輿   緑陰相送る小籃輿


 雁來紅
秋色妍妍染者誰   秋色妍妍 染むる者は誰ぞ
雁聲夜夜帯霜來   雁声夜々 霜を帯び来る
美人千里將何寄   美人千里まさに何を寄せんとす
裁作紅箋寫小詩   裁して紅箋となして小詩を写す


 雜畫
磯頭囘磴少人登   磯頭の回磴 人の登る少なし
樹裡危欄有客凭   樹裡の危欄 客の凭る有り
山色漸昏歸鳥盡   山色 漸く昏うして帰鳥尽く
一帆秋影水澄澄   一帆の秋影 水澄々

 又
殘陽淡淡水  残陽淡々 水粼粼
江上愁心更新   江上の愁心 晩に更に新なり
欲向前村濁酒   前村に向かい濁酒をらんと欲して
恨無航受兩三人   恨むらくは航の両三人を受くる無きを


 雜詩
花映晴郊柳覆隄   花は晴郊に映じて 柳堤を覆う
春風無處不鶯啼   春風 所として鶯の啼かざる無し
閉門著述終何用   門を閉じて著述 ついに何の用ぞ
休笑吾儂日杖藜   笑うなかれ 吾儂日々に藜を杖つくを


 登黄龍山
彩翠糢糊晩照舂   彩翠糢糊として晩照舂く
不知何處是黄龍   知らず 何の所か是れ黄龍
狂謌直蹈危巖上   狂謌 直ちに危巌を踏んで上る
屐底驚濤萬壑松   屐底の驚濤 万壑の松


 自上成赴粒浦途中聨句
吟杖纔追一日晴   吟杖 わずかに追う一日の晴れ
滿襟蒼翠畫中情子雅  満襟蒼翠 画中の情
澄江倒浸峰巒影澄江  さかしまに浸す 峰巒の影
人在松梢撃汰行禮卿  人は松梢に在って汰を撃ち行く



 自粒浦還上成途中聨句 三四千秋他日所足
斜風細雨好同遊子雅  斜風細雨 好同遊
來路新秧野水流禮卿  路を夾んで新秧 野水流る
看過題名相感舊   題名を看過す 感旧の相
舊歡恨少頼千秋千秋  旧歓 恨むらくは頼千秋を欠くを



 偶作
一臥寒山二十年   一臥寒山二十年
林禽野鹿自相憐   林禽野鹿 自ら相憐れむ
口談稷契眞堪笑   口に稷契を談ず 真に笑うに堪えたり
昨鬻呉鈎今鬻田   昨 呉鈎を鬻ぎ 今 田を鬻ぐ


 答紫嵒上人問近況次韻
稏 橦花繞餘  稏 橦花 餘をめぐる
半窻斜照曬農書   半窓の斜照 農書を晒す
山村秋旱汚池涸   山村秋旱 汚池涸る
時有隣翁膰婢魚   時に隣翁の婢魚を膰する有り


 征夫
十載孤身百戰塲   十載孤身 百戦場
逢人猶恥説家郷   人に逢うてなお恥づ 家郷を説くを
平沙萬里月如霜   平沙萬里 月霜の如く
一曲胡笳空断膓   一曲の胡笳 空しく断腸


 淀水舟中
橋影依微薄暮天   橋影依微たり 薄暮の天
滿江新漲緑茫然   満江の新漲 緑茫然
兩涯人語探春客   両涯の人語 春を探る客
數處篝燈賣酒舟   数所の篝燈 酒を売る船


 訪尾藤士尹不在呈乃弟阿宗
遙認書聲入講堂   遥かに書声を認めて講堂に入る
絳紗帳靜整青緗   絳紗 帳静かにして青緗整う
不須剥啄題凡鳥   もちいず 剥啄凡鳥を題するを
却得談論對仲翔   却って談論 仲翔に対するを得たり


 買盆海棠聯句
市橋燈火照春衣茶山  市橋の燈火 春衣を照らす
素艶紅嬌錦作圍拙齋  素艶紅嬌 錦囲いをなす
何必章臺買花去茶山  何ぞ必ずしも章台 花を買い去らん
瓦盆載得睡妃歸拙齋  瓦盆 睡妃を載せ得て帰る


 山中示河篁諸子
山深藥草四時花   山深くして薬草四時花咲く
路徑無人鳥語譁   路径人無く鳥語かまびすし
莫笑石頭眠至夜   笑うなかれ 石頭眠りて夜に至るを
丹崖碧樹本吾家   丹崖碧樹 本より吾が家


 偶作 備中路上
城隍前月頻祈雨   城隍前月 頻りに雨を祈り
野觀今朝更祷晴   野観今朝 さらに晴れを祈る
本自農家無暇日   本より農家暇日無し
又聞村吏索橦征   また聞く村吏 橦征をもとむるを


 西姫二子將有三原之行走筆賦贈
峰巒環繞古村閭   峰巒環繞す 古村閭
幽僻堪容長者車   幽僻容るるに堪えたり 長者の車
日暮翠嵐迷向背   日暮翠嵐 向背に迷う
梅花白處是吾廬   梅花白き所 是れ吾が廬


 歳杪寄東備故人
林頭月黒雪霏霏   林頭 月黒くして雪霏霏
犬吠山村人夜歸   犬吠えて 山村 人夜帰る
此日樂郊何處是   此の日楽郊 何の所か是れなる
烈公廟畔樹十圍   列公廟畔 樹十囲


 村居二首
橦圃泥乾人出耕   橦圃 泥乾いて人出て耕す
竹梢鵲語喜新晴   竹梢の鵲語 新晴を喜ぶ
山妻治餉將攜去   山妻 餉をおさめ携え去らんとす
且倩隣童護箭萠   且つ隣童を請うて箭萠を護らしむ

陂塘開閘水哀號   陂塘 閘を開いて 水哀號
滿巷斜陽麥高   満巷の斜陽 麦高し
底事群童狂走去   何事ぞ 群童狂走し去る
數聲喇叭賣鬆糕   数声の喇叭 鬆糕を売る


 即事
泮水宮成肄業初   泮水宮成る 業を習う初め
竚看絃誦滿郷閭   たたずみ看る 絃誦の郷閭に満ちるを
紫薇花拆秋城雨   紫薇花ひらく 秋城の雨
時有兒童行挾書   時に児童の行く行く書をわきばさむ有り


 浄土寺分得明字
吟倦沙汀歩月明   吟倦んで沙汀 月明に歩す
南洲北渚夜三更   南洲北渚 夜三更
松陰不動春潮寂   松陰動かず 春潮寂たり
時過行船笑語聲   時に過ぐ 行船笑語の声


 釣月樓書所見
夢囘花氣入簾清   夢めぐって花気簾に入り
湖雨如烟山影横   湖雨 煙の如く山影横たわる
底事鴨兒分隊去   何事ぞ 鴨児隊を分かって去る
隣童柳陰聲  隣童 柳陰の声


 同赤松西山二先生姫井學士若林子陽夜飲浦上執法君輔宅主人彈琴
幽琴勸酒夜堂清   幽琴 酒を勧めて夜堂清し
交態堪論徽外情   こもごも論ずるに堪えたり 徽外の情
曲歇雅音誰解嗣   曲やんで雅音 誰かよく嗣がん
泮林風寂古松聲   泮林 風寂たり 古松の声


 遍照寺
撫松拜石入雲霞   松を撫し石を拝して雲霞に入る
滿路清風紫楝花   満路の清風 紫楝の花
香篆艾烟岑寂甚   香篆艾烟 岑寂甚だし
緑陰堆裡病僧家   緑陰堆裡 病僧の家


 地藏渡待舟得風字
夜津呼渡水烟空   夜津 渡を呼びて水煙空し
月上東溪松樹中   月は上る 東渓松樹の中
樓影火光千戸市   楼影火光 千戸の市
隔江人語散春風   江を隔つる人語 春風に散ず


 有田路上
苦思單父戴星人   はなはだ思う 単父星を戴くの人
白髪曾孫蒲柳身   白髪の曾孫 蒲柳の身      余曽祖父高橋府君仕水野侯嘗宰當郡
自笑居家多秕政   自ずから笑う 居家秕政多きを
漫將新著説安民   みだりに新著をもって安民を説く 余近著冬日影


 秦川
潭水無波浸碧山   潭水 波無く碧山を浸す
幽人待渡白沙灣   幽人 渡を待つ 白沙の湾
幾艘商相銜尾   幾艘の商棹か尾を相ふくみ
挽上篁陰柳影間   挽き上る 篁陰柳影の間


 松島路上所見
田洫浮舟大似萍   田洫 舟を浮かべて大きさ萍に似たり
女兒挽得幾艘輕   女児 幾艘を挽き得て軽し
尾裝穉稻首裝餉   尾に穉稲を装い 首に餉を装い
自在東西南北行   自在に東西南北に行く


 粒浦
晴溝放閘水錚錚   晴溝 閘を放って水錚々
芰露蘋風午路清   芰露蘋風 午路清し
砂垻 無人釣艇   砂垻 人の釣艇を戙 する無く
青菰影裡鸊鵜鳴   青菰影裡 鸊鵜鳴く


 都羅
野渡呼舟未解   野渡 舟を呼びて未だ戙 を解かず
衣衫綷午川風   衣衫 綷綷たり午川の風
西隄蘆荻東隄柳   西堤は蘆荻 東堤は柳
翠漾紋漪瀲灔中   翠はただよう紋漪瀲灔の内


 宿釣月樓
湖樓月淨夜無蚊   湖楼 月浄くして夜蚊無し
忘却山行困暑氛   忘却す 山行暑気に困りしを
宿鷺不驚人對語   宿鷺驚かず 人対語し
跳魚有響水生紋   跳魚響き有り 水紋を生ず


 福山途中値雨作
熟路林隈復水灣   熟路林隈 復水の灣
籃輿穿過雨聲間   籃輿 穿ち過ぐ 雨声の間
霧藏峯角雲遮麓   霧 峯角を蔵して 雲麓を遮る
忽見從前未見山   忽ち見る 従前未だ見ざりし山


 宿六田是夜雨
雨氣侵簾燭斜   雨気 簾を侵して燭焔斜めなり
旅窻不寐暁思花   旅窓 寝られず暁 花を思う
後期旬日纔來此   期に後るること旬日 わずかにここに来る
柳渡南頭溪叟家   柳渡南頭 渓叟の家


 長洲
兩岸垂楊翠拂空   両岸の垂楊 翠 空を払う
長洲城外暮江風   長州城外 暮江の風
大隄飛絮知多少   大堤飛絮 知る多少
約在清灣曲曲中   約して清湾曲曲の中に在り

 又
蒹葭楊柳幾汀洲   蒹葭楊柳 幾汀洲ぞ
兩派晴漪緑鴨頭   両派晴漪 緑鴨の頭
岸闊渡船呼不應   岸濶くして渡船呼べども応えず
魚苗風外夕陽愁   魚苗風外 夕陽愁う


 彦根
烟翠蔥蘢水作城   烟翠蔥籠 水を城となし
遶城林麓澹新晴   城をめぐる林麓 新晴澹たり
不知松雨亭何處   知らず 松雨亭何れの所ぞ
蕙帳杉扉想隱情   蕙帳杉扉 隠情を思う
  亭琴所先生居


 瀬田
黒雲一抹壓平湖   黒雲一抹 平湖を圧す
兩岸樓臺乍欲無   両岸楼台 たちまち無からんと欲す
莫怪行人停杖久   怪しむなかれ 行人杖を停むるの久しきを
瀬田橋上看跳珠   瀬田橋上 跳珠を看る


 偶作
去年十月始歸家   去年十月始めて家に帰る
伏枕蕭條閲歳華   伏枕蕭條 歳華を閲す
囘首遊蹤宛如昨   首をめぐらして遊蹤宛として昨の如し
今春已到海棠花   今春已に到る海棠花


 胡孫攫蝸牛圖
戰爭蠻觸互雌雄   戦争蛮触 互いに雌雄
忽落胡孫一握中   忽ち胡孫一握の中に落つ
何異祖龍貪攫噬   何ぞ異ならん祖龍 攫噬を貪るに
東秦南楚忽成空   東秦南楚 忽ち空と成る


 鞆浦中秋孟愼孟執冒風雨來會卒賦爲謝
不將無月負清遊   月無きをもって清遊にそむかず
瞋雨狂風百里舟   瞋雨狂風 百里の舟
看得此情深似海   此の情海より深きを看得れば
惡中秋亦好中秋   悪中秋もまた好中秋


 次君立見寄韻
雄藩樂事競琴詩   雄藩の楽事 琴詩を競う
喜子緘書顧舊知   喜子が緘書 旧知を顧みる
如問病間閑事業   病間の閑事業を問わば
斷壺劚芋伴塲師   断壺劚芋 場師に伴う


 中秋寄懷六如上人及蠣崎公子大原雲卿
洛下詩盟近若何   洛下の詩盟 近ごろいかん
想君風景毎經過   想う 君が風景につねに経過するを
不知誰下驚人語   知らず 誰か人を驚かす語を下して
酬賽今宵明月多   酬賽す 今宵明月の多きに

江波百頃金磨閃   江波百頃 金磨閃
山色千重雪陸離   山色千重 雪陸離
江賞在南山賞北   江賞は南に在り 山賞は北
何邊明月入君詩   何辺の明月 君が詩に入る

憶昔方舟伴貫休   憶う昔方舟 貫休に伴いしを
各天幾過此宵秋   おのおの天幾たび過ぐ 此の宵の秋
一聲新雁三更月   一声の新雁 三更の月
誰不囘頭問舊遊   誰か頭をめぐらして旧遊を問わざらん


 蘓屬國海上持節圖
節旄墜盡鬢霜饒   節旄 墜ち尽くして鬢霜あまねし
但有丹心戀漢朝   ただ丹心漢朝を恋うる有り
歎息漢朝非舊日   歎息す 漢朝旧日にあらざるを
茂陵松柏雨蕭蕭   茂陵の松柏 雨蕭々


 法光寺賞花
一樹垂櫻蟠半空   一樹の垂桜 半空に蟠る
清香散入衆峯風   清香 散りて入る衆峯の風
醉歡各處分曹坐   酔歓 各所に曹を分かちて坐せば
總在千條萬縷中   総て千條万縷の中に在り


 田士徳長門安岡人客寓備後尾道頃聞安岡不戒于火閭閻盡燼賦此戯寄士徳善噀酒有母在安岡故句中併及
聞道家山厄畢方   いうことを聞く 家山畢方に厄せらると
鬱攸遙恐及蘐堂   鬱攸 遥かに恐る 萱堂に及ばんことを
恨君未得欒巴術   恨む 君が未だ欒巴が術を得ざるを
噀酒徒成坐上香   酒をはき 徒に成す坐上の香


 題畫
誰人竝舎住囘平   誰人ぞ 舎を竝べて回平に住す
門柳交陰豆接棚   門柳 陰を交えて 豆 棚を接す
林日未升晨氣肅   林日 未だ昇らず 晨気粛たり
隔墻相雜讀書聲   墻を隔てて相まじる読書の声


 郭汾陽像
家傳忠義照千春   家 忠義を伝えて千春を照らし
時托安危在一身   時に安危を托して一身に在り
片事楊公爲相日   片事楊公 相と為る日
損佗聲妓亦過人   佗聲妓を損するもまた人に過ぐ


 失題
四簷雨斷夜遙遙   四簷 雨断えて夜遥々
一穂燈花結復凋   一穂の燈花 結びてまた凋む
枯坐遲人人未至   枯坐 人をまって人未だ至らず
鄰樓戯博笑聲囂   鄰楼の戯博 笑声かまびすし


 夕還
松梢雲氣忽揚明   松梢の雲気 忽ち明を揚ぐ
知是東溪月欲生   知る 是れ東渓月生ぜんとするを
琢句未成家已近   句を啄して未だ成らず 家已に近し
孤村烟裡母牛鳴   孤村烟裡 母牛鳴く


 新緑
雨霽園林緑陸離   雨晴れて 園林 緑陸離
窻前無樹駐春姿   窓前 樹の春姿を駐する無し
忽逢狂蝶來深入   忽ち狂蝶の来たって深く入るに逢う
應有餘芳未盡枝   余芳の未だ尽きざる枝有るべし


 梅
微雨成烟靄遠林   微雨 烟と成って 遠林靄たり
羅浮芳信已關心   羅浮の芳信 已に心に関る
偶從江北傳書札   たまたま江北より書札を伝ふ
上道春遲下雪深   上は春遅しといい 下は雪深しと

暗裡尋香折一枝   暗裡 香を尋ねて一枝を折る
林頭路滑雪消時   林頭路滑るなり 雪の消する時
人間何處無娯樂   人間何れの所か娯楽無からん
恐使花神笑許痴   恐るらくは 花神にこの痴を笑わしめん

春立韶光及我家   春立ちて 韶光 我が家に及び
雪晴晴照照銀沙   雪晴れて 晴照 銀沙を照らす
今年第一快心事   今年第一快心の事
手接庭梅將著花   手を接して庭梅まさに花を著けんとす

遙認雞聲穿竹來   遥かに鶏声を認めて 竹を穿ち来る
數間茆屋一株梅   数間の茆屋 一株の梅
定知高士眠方熟   定めて知る 高士 眠まさに熟するを
日轉西窻門未開   日は西窓に転じ 門未だ開かず

逼觀偏好臨流影   せまり観て偏によし 流れに臨む影
遙望逾佳倚竹姿   遥かに望んでいよいよよし 竹に倚する姿
一歳會心何日是   一歳の会心 何の日か是れなる
野航微雪訪君時   野航の微雪 君を訪う時

缾養梅花已幾旬   梅花を瓶養す 已に幾旬
時時挿換數枝新   時々挿み換えて数枝新なり
閭門年後多人過   閭門年後 人の過ぐる多し
爲製羅帷障暗塵   為に羅帷を製して 暗塵をふせぐ

肌氷雪古時糚   肌氷膚雪 古時の粧
影入窻櫺月也香   影は窓櫺に入って月も香し
倒醉還非待君意   倒酔 また君を待する意に非ず
孤斟不敢過三觴   孤斟 敢えて三觴に過ぎず

偶逢遊女後先還   たまたま遊女に逢うて 後先して還える
素袂青裙玉作顔   素袂青裙 玉を顔となす
行入梅花忽相失   行きて梅花に入って忽ち相失す
賸香横路月彎彎   賸香 路に横たわって 月彎彎

四野梅開二月天   四野 梅開く 二月の天
吾笻 日被暗香牽   吾が笻  日々に暗香に牽かる
客來若問吟遊處   客来たってもし吟遊の所を問わば
多在村橋石澗邊   多く村橋石澗の辺に在り

春來孤往向誰家   春來孤往 誰が家に向かはん
日日歸笻 後鴉   日々帰笻  晩鴉に後る
莫怪幽香迸襟袖   怪しむなかれ 幽香 襟袖に迸るを
前村無處不梅花   前村 所として梅花ならざる無し

夜從城郭到吾廬   夜 城郭より吾が盧に到り
先向瓶梅候起居   まず瓶梅に向かいて起居を候す
今日山風惡多少   今日山風悪しきこと多少ぞ
飄葩亂點案頭書   飄葩 乱点す案頭の書

高枝低枝影漸殘   高枝低枝 影漸く残り
兩片三片春將闌   両片三片 春まさに闌ならんとす
與君動作經年別   君とややもすれば経年の別れをなす
休怪孤笻 日來看   怪しむなかれ 孤笻  日々に来たり看るを


 浦玉堂招飲酒間聯句 以下雜體
今夕何夕 滄洲   今夕何の夕ぞ
秉燭盍簪 仲明   燭をとり会いあつまる
湆 湆 靈響 士雅   湆 湆 たる霊響
主人調琴 晉師   主人 琴をととのう


 草堂小集分得魚字
貧中樂事無盡   貧中 楽事尽きる無く
病裡故人不疎   病理 故人疎ならず
佳話青山緑水   佳話 青山 緑水
歡情濁酒枯魚   歓情 濁酒 枯魚


 陶澂士 題畫
暫容晉宋間膝   暫く晉宋間の膝を容る
終托羲皇上人   ついに羲皇上人に托す
濁酒黄花有樂   濁酒 黄花 楽有り
孤松三徑無塵   孤松 三径 塵無し


 楊柳枝 草堂宴散海道士宿同作  
客散窻櫺露氣凉   客散じて 窓櫺 露気涼し
且憑牀       かつ牀による
蛩聲漸近短檠傍   蛩聲 漸く近づく 短檠の傍
夜將央」      夜まさに央ならんとす
木枕布衾清不寐   木枕 布衾 清くして寝られず
多幽思       幽思多し
更呼殘茗歩西廂   更に残茗を呼びて西廂に歩す
月如霜       月霜の如し


 臨江仙 三月晦送人之京
楊柳橋邊連雨霽   楊柳橋辺 連雨晴る
春歸君也將行    春帰りて君行かんとす
一尊相對酌離情   一尊 相対して離情を酌む
把杯承落絮     杯を把って落絮をうければ
落絮逐風輕」    落絮 風をおうて軽し
應惜韶華經歳別   韶華 歳を経る別れを惜しむべし
林禽盡日嚶嚶    林禽尽日 嚶嚶たり
植笻 閑看暮潮生   笻 を植えて閑に看る 暮潮の生ずるを
還期人屈指     還期 人指を屈す
不必待蓴羹     必ずしも蓴羹を待たず


 長相思 送人還肥兒
將相       相留めんとせしも
怎相       なんぞ相留めん
別易逢難兩作愁   別るるは易く逢うは難し ふたつながら愁いをなす
何時是再遊」    何の時か 是れ再遊
情悠悠       情 悠々たり
路悠悠       路 悠々たり
魂夢隨君過幾州   魂夢 君にしたごうて幾州を過ぐ
紫洋千里舟     紫洋 千里の舟


黄葉夕陽村舎詩後編巻之二


入力:西岡 勝彦 w-hill@jfast1.net