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那智

南に大きく開いた谷は
群青の海原の轟を集め
おおらかな風の波となって
遡り たぎり寄せ
一つに収斂するところ
鮮やかに瀑布を迸らせた

 死と神秘を孕んだ信仰が
 かつてその名を染めていたにしても
 那智は南の光に向かう聖地

そそり立つ岩盤と水が挑み合う
俊烈な造形に目を洗い
光盛る神の照葉樹林と千年の樟の
かぐわしい緑に染まりながら
僕等はしきりに風が抜ける
谷の風光を楽しむ

 苔むした杉の根方によろばう
 行者の亡霊は
 そのままにして

登りつくした石階の高みから
僕等の魂は滑空する
よく投げられたフリスビーのように
この土地をたゆみなく回流する
おおらかな大気のエネルギーが
どこまでも僕らを押し上げる

 海原を漂う渡海上人よ
 閉ざされた補陀落船を打ち破り
 海豚とともに滑りゆけ