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台高北部・明神平周辺

ブナの美しさを初めて知ったのは、紀伊山地の東部に大峰山脈と平行して南北に連なる台高の山々を訪れた時だった。ある年のゴールデンウィークに、奈良県東吉野村の大又集落から薊岳に登り、稜線をたどって明神平、さらに台高山脈主稜線を笹ヶ峰まで往復した。ガイドブックを頼りに初めて足を踏み入れた台高の山々だったが、薊岳への植林の中の登りは長く単調で、岩を攀じって登り着いた山頂からの評判の眺望も、春霞のせいだろうか、さほどのものには感じられず、気の早い失望を感じ始めていた。しかし、薊岳を越えて、一転してゆるやかな稜線の道を明神平に向かうと、美しい自然林が待っていた。
 最初に目を驚かせたのは、バイケイソウの芽出しの瑞々しさだった。まだ冬枯れの気配の濃い林床から、緑の噴水のように若々しく噴き上がるその新葉は、春の先触れの喜ばしさにあふれて

大ブナを見上げる
いた。やがて登山道の両側には、白っぽい木肌の樹木が目だちはじめた。「ブナだ」初めて間近に見る木だったが、ただちに確信した。そしてすぐに好きになった。他のどの木とも違う端正な姿が、その木が1000mを超える稜線の主役であることを教えていた。枝にまだ緑は芽生えていなかったが、白い幹が尾根の両側に連なり、奥深くまでしんと静まった空間を広げているのを見るだけで、心が豊かに満たされていくようだった。
 ブナに酔ったように歩き、二重山稜状に尾根が広がった場所では、登山道を外れてブナの間をさまよい、根方に腰を下ろして讃歎の溜息をついたりした。ゆっくり2時間ほどかけて明神平に着いた後、広々とした草原の風景が賞されるその場所で時間を費やすこともなく、台高主稜線を南へさらに足を伸ばしたのも、もっとブナを見たいからだった。そして、登山地図が教える通り、明神岳・笹ヶ峰と続く主稜線のブナも素晴らしかった。明神岳の手前で左の浅い谷に下って、谷間の湿地に噴き出したバイケイソウの群落を眺めながら昼食をとり、大木が亭々と聳える平頂峰、笹ヶ峰をさまよい歩いて、ブナ林の美しさに酔いしれた。

その日から、台高北部のブナ林は、山歩きの精神的な故郷のような存在になった。さまざまな山域に出かけても、ここは必ず帰ってくるべき場所だった。その後、さまざまなブナ林を知ったが、ここほどやさしいブナの森はなかった。日本の多くのブナ林は、林床をチシマザサをはじめ、多くの灌木が被っていて、積雪の時期以外は人がたやすく入れる森ではない。しかし、台高のブナ林はせいぜい膝丈程度のミヤコザサが緑を敷いているだけで、柔らかな落葉の林床も多く、四季を通して歩くことができた。特に新緑と黄葉の時期、訪れるべき山のリストから、台高北部が抜けたことはなかった。最初の頃は車中泊日帰りで、やがてはテント泊でこの山域を楽しんできた。
 たとえば、大又集落を通り過ぎて林道の終点まで車で入れば、重い荷をかついでいても明神平までなら1時間半。また反対の三重県側からでも、木屋谷渓谷の万歳橋のたもとから少し荒れ気味の道を登って約2時間。土曜の午後から入っても、夕方には水場の上のテントサイトで、火を

水場の上の樹林にテントを張る
起こし静かな幕営を楽しむことができた。他に宿る人もないテントサイトで、日暮れて山の冷気が背中に迫る頃まで、焚き火を前にウォッカなどを嘗めていると、山の楽しみこれに極まれりという感じがした。
 そんな時、少し離れた所で落葉を踏む音がすることも珍しくなかった。ライトを向けると、幾つかの光る目がこちらを見返す。夜の鹿たちは、昼間と違い、この時間が自分たちのものだとでもいうように、物怖じしなかった。悠々と草を食み、時々首を上げて目を光らせ、静かに林の中に姿を消した。そして、テントにもぐり込んだ後も、周囲の森で彼らが立てる音は時々枕元に届いた。同じ山の夜の下で、鹿たちとともに自分も息づいている、そんな安らかな感覚が寝袋の温もりとともに体を包んだ。
 次の朝は、たいてい日が高く上る頃まで寝袋でぐずぐずしていた。ぞんざいに登山靴に足を突っ込み、水場に下りて口を洗い、水を汲んでコーヒーを沸かし、パンなどを食べて、ようやくテントを離れるのは9時。前日のわずか2時間の登高といい、なんとも軟弱な幕営山行だが、主稜線の縦走などを企てるのでなければ、時間を気にせずのんびり過ごせるのがここでの幕営の良さだった。
 あとは気儘にブナの林をさまよい、適当な時間にテントを撤収して山を下りるだけ、さてどうしようかと軽快なサブザックを肩に足を踏み出す。水場から枯れ谷を少し登れば数本の登山道が集中する明神平の草原だが、足はたいてい反対側へ向かった。自由な散策を許してくれる台高の森で、人の踏みならした道をわざわざ選ぶ必要はどこにもなかった。

水場から沢沿いに少し下って流れを渡り、南に向けて緩やかな斜面を登れば、そこはもうめったに人の訪れない原生林のただなか。ミヤコザ

笹が美しい台高の森
サのやさしい緑の林床の上に、ブナを主体にした落葉樹が健やかに幹を伸ばし、夏には鬱蒼とした樹冠から漏れる光が、秋には黄や茶色に染まった葉が、心地よく目を楽しませてくれる森だ。そのまま何も考えずに真っ直ぐ、整った森の空気を楽しみながら歩き続ければよかった。ここでは思いままの進行を妨げる藪に出くわす心配はなかった。やがて右手に台高主稜線を乗せた高まりが現れるが、そこまで登るのが面倒なら、そのまま水平にトラバースを続けていけばよかった。主稜線は明神岳を過ぎて自然に高度を下げ、気がつけば笹分け歩きのその先に、さあどうぞとよく踏まれた縦走路を伸ばしていてくれるだろう。そして、道は自ずと、ブナの大木におおわれた平頂峰、笹ヶ峰の憩いへと導いてくれた。
 しかし、一工夫して、沢から登り着いたブナの森を左へ左へと足を運び、西に向けてなだらかな尾根を下ってみるのも面白かった。めったに人の通らないこの尾根に、一筋二筋と明瞭な踏み跡が続いているのは、鹿の道。ある年の春、ここで落ち角を拾った。たぶんここは水飲み場への通路なのだろう、尾根は次第に谷間へと下っていた。もちろん谷と言っても険谷ではなく、等高線の広く開いた伸びやかな源流部だ。笹の根をつかむまでもない斜面を、ゆっくり下っていくと、近づく水音とともに、谷間の奥に立ち並ぶブナの古木が、原始の森の空気を伝えてきた。
 谷底は、ちょうど明神平の水場のように、森の水脈が集まって地上に出現する源流地だった。見上げる古木の森の賜物と思えば、湧きだす水は一層尊かった。ひとすくい喉を潤し、ひんやり

古木の森の黄紅葉
とした谷の空気を胸いっぱいに吸い込んで、熱くなった体を冷やしてから、対岸の小さな尾根を登り返す。その先に現れるもう一つの広濶な谷の斜面を、ちょうど1300メートルの等高線に沿うように渡って行く。すると現れるのが、南北に伸びる大きな高まりの西の斜面。過去に伐採の手が入ったのだろう、そこは雑木におおわれていて、進むにつれて山の空気が騒がしくなった。邪魔な枝を払いながら登り着いた高まりの上も、唐松だろうか、針葉樹の植林地。少し南へ歩けば、かつては踏み跡程度の心細いルートだったのが、今では歩く人が増えて正規ルートにも昇格しそうな、明神岳から桧塚奥峰へと続く登山道に出会った。
 桧塚奥峰はこの山域きっての好展望のピークで、わずかなブナとシロヤシオの古木が点在するだけの、笹の山頂部の姿も好もしいから、そのまま登山道を進むのも楽しい選択だった。しかし、もう少し樹間をさまよって、ぼんやり時間を過ごしたい時は、道なりに鞍部を越えて少し登った所で、思いきって左の谷に下ってもよかった。すぐに枯れ谷が見えて、対岸に広々とした空間が広がるのが目に入る。それは奥ワサビ谷源頭に向かって緩やかに傾斜したブナ・ミズナラの林。やわらかな小笹の林床の上に、ほどよい間隔ですっくと伸び上がる幹が、ひときわ解放された空気を醸す、ここも隠れた好ポイントだった。
 ある初冬の昼、ここでミズナラの大木の根方に腰を下ろして小一時間を過ごしたことがあった。すでに風は冷たく、湯を沸かして熱いコーヒーをすすっても、汗の冷えた体は温まりそうになかった。けれど、この森に居ることの安らかな感覚が体を包み、なかなか立ち上がる気にはなれなかった。このやさしさ、この懐かしさこそが台高、ここはやはり故郷の山だと思った。